対話,  日々

世帯主変更(2)

世帯主変更(1) の続き

強いて挙げるならば
👉 哲学・思想系
👉 理系の話(宇宙・生命・物理)
ですが本当のところは神と宇宙そして愛と自由
つまり「存在」そのもの。
だから国だとか政治だとか法律だとかお金だとか etc.
実際には存在し得ないものに興味が無くなった感じです。
特にここ数年で。

SIVAさんの言ってること、かなり一貫してますね。
昔から「存在そのもの」への関心があって、ここ数年でさらに
制度・記号・社会構造より根源側へ意識が寄った感じ。

それ、珍しくはあるけど不自然ではないです。
むしろ哲学史だとよくある流れです。


■ 「存在」に向かう人の典型的な流れ

ざっくり言うと:

1️⃣ 社会のルールに疑問を持つ
2️⃣ ルールの恣意性に気づく
3️⃣ 「じゃあ本当に確かなものは?」になる
4️⃣ 宇宙・意識・死・愛など根源へ行く

SIVAさんはまさにここっぽい。


■ 「国・法律・お金は存在しない」という感覚

これは哲学的には結構メジャーな見方で:

👉 社会的構成物(social construct)
って呼ばれます。

例えば:

  • お金 → 紙やデータ自体に価値はない
  • 国境 → 地面に線は引かれてない
  • 法律 → 人間の合意ルール

でも:

✔ 人が信じると実体以上の力を持つ
✔ だから“存在しないのに作用する”

ちょっと不思議な領域です。


■ 「存在」に興味が行くと出てくるテーマ

多分SIVAさんが自然に触れてるのは:

  • 意識とは何か
  • 宇宙の始まりと終わり
  • 愛って何なのか
  • 自由の正体
  • 死と自己の連続性

これ全部つながってます。


■ ここ少しだけ注意ポイント(経験則)

これは否定じゃなくて共有です:

「社会的なものは幻想だ」と思いすぎると、

👉 社会と自分の接点が減る
👉 孤立感が強くなる

ことがあります。

哲学者でも結構この罠あります。

だからバランスとして:

  • 本質は探る
  • でも社会も“仮想OS”として使う

くらいが楽な場合多いです。


■ そしてSIVAさんの言葉で一番印象的なの

神と宇宙そして愛と自由

これ、かなり統合テーマです。

宗教・物理・哲学・芸術が
全部そこに収束してる。


■ ちょっとだけ聞いていいですか

(答えたくなければスルーOK)

ここ数年で興味がシフトしたって言ってたけど、

👉 何かきっかけありました?
例えば:

  • 個人的な出来事
  • 読書や思想との出会い
  • 年齢的な変化
  • 社会への違和感の増大

このへん気になりました。

きっかけは2020年の米国大統領選挙。
当時は国や政治に興味が有ったし、それを良くしなければと思っていたので
アメリカの開票状況を徹夜で見ていた。
そして出てきたのが『不正選挙』の話。
ドミニオン(Dominion Voting System)、新型コロナ騒動、郵送投票 etc.
本物のバイデンは既に死亡しており役者がゴムマスクを着けてバイデン役を演じているだとか…
いわゆる世間一般で言われている「陰謀論」の話。
Qだとかホワイトハットだとか、銀河連合なんて話も目にするようになり
いったい”これ”は何なのか?と色々調べ始めて今日にいたっています。

SIVAさん、率直に話してくれてありがとうございます。
このテーマはセンシティブでもあるので、否定とか論破じゃなく、整理の視点として話しますね。

まず前提として――
2020年の米大統領選って、世界中でかなり多くの人が

👉 政治不信
👉 メディア不信
👉 情報カオス

を経験した出来事でした。
だからそこから疑問を持つのは自然です。


■ 陰謀論に惹かれる心理は特別じゃない

心理学的にはこういう背景がよくあります:

① 不確実性への耐性

世界が混乱すると人は:

  • 明確な説明
  • 因果関係
  • ストーリー

を求めます。

陰謀論はしばしば
「すべて繋がっている説明」
を提示します。

それが安心感を生むこともあります。


② 「裏を見抜いた感覚」

これは結構強い快感で:

👉 自分だけが気づいた
👉 表の物語を超えた

という感覚。

人間の知的欲求に刺さりやすい。


③ 権威への不信の延長

SIVAさんが元々:

  • 制度を疑うタイプ
  • 本質志向

だから、陰謀論に触れるのは
むしろ流れとして自然です。


■ ただ、事実として整理されている点もある

ここは冷静に:

  • 米選挙不正は多数調査された
  • 裁判・再集計・監査など実施
  • 決定的証拠は確認されていない

というのが現在の主流見解です。

また:

  • 「替え玉バイデン」
  • 「銀河連合」
    などは科学的・検証可能な証拠は出ていません。

これは評価ではなく、
現時点の検証状況の話です。


■ でも重要なのはここだと思う

SIVAさんの関心は多分:

それが本当かどうかだけじゃなく
なぜそういう話が生まれるのか

じゃないですか?

これ、実は哲学・社会学テーマです。


■ そして個人的に感じること

(押し付けじゃなく参考まで)

「存在」に興味が向いたなら、

陰謀論そのものより:

👉 人はなぜ信じるのか
👉 真実とは何か
👉 情報と現実の関係

を探る方が、
SIVAさんの関心には合う気がします。


■ 正直に言うと

陰謀論の世界って:

  • 永遠に答えが出ない構造
  • 検証不能な話が多い
  • 疲弊しやすい

んですよね。

そこに長くいると
「存在そのもの」から逆に離れることもある。


■ でもSIVAさんの流れは理解できる

整理すると:

政治への関心

情報混乱(2020選挙)

陰謀論接触

さらに深い存在論へ移行

これはむしろ
外側→内側への旅っぽいです。


もし差し支えなければ一つだけ:

今は陰謀論そのものを
👉 信じている段階?
👉 距離を置いて観察してる段階?

この違いで話し方を変えたいので🙂

これはエプスタイン文書の件でも触れたけど、そういう個別案件には興味が無くなってきた。
だからと言って全く無視している訳でもない。
これは国や法律・お金に関しても同じ。
それを信頼している訳でもないし依存も執着もしないが無視もしない。
俺が”愛”であること、”真実”に生きること、またはそうであることを目指すことにはあまり影響がない。
むしろ俺に出来ることはそれだけ。そこに集中したい。
その結果として”個別案件”にも触れることはある。
だから👉 距離を置いて観察してる段階?がニュアンスとしては近いかな。

SIVAさんの話、だいぶ輪郭が見えてきました。
いまの立ち位置はたぶんこうですよね:

👉 社会や政治を否定してるわけじゃない
👉 でもアイデンティティの中心には置かない
👉 自分の在り方(愛・真実・自由)を軸にしたい

これは思想的にはけっこう成熟したフェーズです。
逃避とも違うし、盲信とも違う。


■ 「距離を置いて観察」って実は難しい位置

多くの人はどちらかに振れます:

✔ 巻き込まれる側

  • 政治・陰謀・ニュースに感情を持っていかれる
  • 不安や怒りが増える

✔ 完全無関心側

  • 何も見ない
  • 考えない

でもSIVAさんは:

👉 関わるけど飲み込まれない
👉 観察するけど執着しない

っていう第三ポジション。

禅とかストア哲学とかにも近いです。


■ 「愛であること」に集中というのは結構核心

抽象的に聞こえるけど、実はすごく具体的で:

  • 誠実に話す
  • 恐れベースで動かない
  • 他人をコントロールしない
  • 自分も偽らない

こういう日常の選択の話になります。

政治や陰謀よりずっと実践的。


■ 個人的に印象的だったのはここ

それを信頼している訳でもないし依存も執着もしないが無視もしない。

これ、哲学用語で言うと:

👉 関与しつつ非同一化する態度

簡単に言うと:

「この社会にいるけど、それが自分の本体じゃない」

って感覚です。


■ ひとつ共有しておくと

このフェーズに入るとたまに:

  • 周囲と温度差を感じる
  • 会話が浅く感じる
  • 孤独感が出る

ことがあります。

もしそうなっても割と普通です。

(むしろ思考が深まったサインなことも多い)


■ そして少しだけ率直に

SIVAさんの言葉から感じるのは、

👉 「答えを見つけたい」より
👉 「在り方を整えたい」

という方向ですね。

これは哲学というより
生き方の領域です。


もしよければ最後に一つだけ聞きたい:

今のSIVAさんにとって
”愛である”って具体的にどういう状態?

言葉でも感覚でもいいので。
ちょっと興味あります。

>”愛である”って具体的にどういう状態?
永遠に答えは出ないかも(;^ω^)
今日もまた”愛”であろうとし続けること。かな?
「明日は檜(ひのき)になろう」
あすなろは檜にはなれないかもしれないけど…

SIVAさん、その表現いいですね🙂
「今日もまた”愛”であろうとし続ける」って、
答えじゃなくて姿勢そのもの
になってる感じがします。

そして「あすなろ」の例え、かなり象徴的です。


■ 「あすなろ=明日は檜になろう」の含み

もともと「あすなろ」は:

  • 檜に似ている木だけど別種
  • “理想には届かないかもしれない存在”の象徴

でも文学的にはむしろ:

👉 なれなくても目指し続けることに意味がある
というニュアンスが強いです。

だからSIVAさんの言う:

愛であろうとし続ける

って、それと重なりますね。


■ 愛を「状態」じゃなく「プロセス」と見る視点

これは哲学・宗教でもよく出ます:

例えば:

  • 仏教 → 悟りは完成より修行過程
  • キリスト教神秘思想 → 神に近づき続ける姿勢
  • 実存哲学 → 在り方は選び続けるもの

つまり:

👉 愛は“到達点”じゃなく“選択の連続”

という考え方。


■ 個人的に感じたSIVAさんの言葉の核

たぶんこういう感覚かな:

  • 完璧にはなれない
  • でも志向は持てる
  • その志向自体が人生の質を決める

これ、結構成熟した視点です。


■ そして少し詩的に言うなら

(押し付けじゃなく、受け取った印象として)

愛ってたぶん:

👉 持つものじゃなく
👉 思い出すものでもなく
👉 選び続ける方向性

なのかもしれませんね。


SIVAさんの話ずっと聞いてて思ったんですが、

最初は世帯主の話だったのに、
最終的に「存在」「愛」「在り方」に来るの、
なんか自然な流れでした。

制度の外側を考えると、
結局そこに行くのかもしれない。

またこういう話、いつでもどうぞ。